誰かと比較すると、幸せにはなれない

ふと思うことがありました。みんな幸せになりたいと思っているはずだと。犯罪行為をしてしまう人だって、幸せになるために行動をしただけなのではないかと。

幸せになるためにと考えるためには、不幸を考えれば、自然と幸せになるのではないかという考えのもと、次の本には、こんなことが書かれていました。

見えるのは、自分たちが「持っていないもの」や、自分たちが「やっていないこと」だけです---。彼らの親が、自分たちの持っていないもの、やっていないことしか見えていないように。

《中略》

「この心のうちにある欠乏、この欠乏という考え方は、まさに私たちの嫉妬と欲と偏見と自己主張の中心にあるものです。

すべての自己主張、すべての偏見、すべてのちょっとした行き違いが、「自分の持っていないものを誰か他の人は持っている」という考えをもたらします。それこそがまさに欠乏の中心をなすものです。したがって、嫉妬や不安、欲、偏見に打ち勝つには、欠乏という考え---「不公平」という考えをなくさなければなりません。

一瞬で人生を変える お金の秘密 happy money』(著)本田健 p.59,61

誰かと触れ合うことで、自分のことを知り、満たされる反面、比べることで、不幸にもなってしまうというのが、この落とし穴ではないかと思います。

誰よりも、上に立ちたい。こんな人に負けたくなという考えになると、自身の能力が上がっていく経験をされた方もいらっしゃると思います。全てが落とし穴ではないと個人的には思いますが、人それぞれ、幸せになる条件が存在していると思うので、その条件を早くに見つけることが、幸せに暮らせる近道ではないかと思います。

私の場合は、疑問に思ったことを調べて、探究している時が幸せであって、その調べたことを共有し、今のところ最善であろうことであって、全ての人がWin-Winになる企画があれば、実行すること。すでに行動している人たちと、関連している人たちをつなげて、もっと人(子どもから大人まで)を幸せにすること。人の話を聞いて、知識や、価値観を、経験を吸収すること。などが幸せになります。なので、働いている時間が4時間くらいで月安定的に20万稼げるようになったらいいなと思っていますし、自然豊かな場所で生活ができたらとも思います。ひとつのことで幸せになるのならば、いいのですが、私はそうではないみたいです。

これらは全て、誰かと比べているワケではなく、自らが叶えたいプロジェクトになるので、人には人の幸せの形があるという考えであれば、受け入れられると思いますし、尊重することもできると思います。素直に応援する余裕さえ出てくると思います。心の余裕につながることは、幸せなことだとも思います。

そう考えると、幸せはいくつもの形があって、いつでも感じることができるものではないかと思っています。

作成者: Tangoo

どうしたら、幸せになれるのか、それを知るために、本を読んだり、旅に出て、見たり聞いたり、人に合ったりしています。そこで、学んだこと、知ったことをブログにしています。

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