教育は、学校と家庭の共同作業

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写真:江古田にあるカフェ

子どもが学校にいない時間は、両親が教育をする責任がある。

その教育と考える内容は何だろうか。

学校の宿題をやったのかどうかを、確認することが多いのではないだろうか?

ゲームばっかりやってないで、早く宿題を終わらせなさい!

なんて、言っていないだろうか。

宿題をすることは、なぜ大切なのか、本人が分かっていれば、進んで行うだろう。

だから、宿題をやりなさい!という声かけは、全くもって、不自然なことであると個人的には思っている。

学校の先生も、宿題の大切さをしっかりを、伝えていないのではないかとも、思ってしまう。宿題の提出率が悪いのは、生徒が悪いのではなく、先生の伝え方が悪いという原因も大いに考えられる。

なにが言いたいのかというと、宿題を進んでやろうとしない子どもに対して、学校での授業も面白くないのに、家に帰ってきても、面白くないことをしたくないのは、自然ではないだろうか。そんな状態なのに、学校に加え、家でも勉強を強要することは、子どもにとっては、最悪な教育であると思わないだろうか。

学校と最悪な状態で、家でも連携をとってしまうと、学校でも、家でも居場所がなくなってしまい、子どもはストレスに押しつぶされてしまうと、容易に想像することができる。

 

では、どうしたらいいのだろうか。

妖怪ウォッチや、ポケモンGO、任天堂スイッチ、モンハン、などなど、一人でのゲームも、学びになるが、仲間と連携して、一つの目標に向かってミッションをクリアすることによって、学校で学ぶことよりも、何倍もの学習をすることができると、『テレビゲーム教育論―ママ!ジャマしないでよ勉強してるんだから』の著者は述べている。

学校生活では、仲間と連携して何かをするという機会は、年に数回しか訪れないが、テレビゲームであれば、毎日のように、その感覚を体験することができる。

連携しなければならないので、声かけが必要であったり(コミュニケーション能力)、指示をしたり(リーダーシップ)と、それが、毎回必要になる。1日に何回もミッションを行えば、人間付き合いが嫌いなんて言っている人も、嫌でもコミュニケーションを取ることができると個人的には思う。

だって、目標を達成するには、連携が必要だからだ。

たくさん失敗をして、コミュニケーションを取りながら、進めていくことで、その目標を達成できた時には、最高の達成感が待っている。

ご褒美なんてなくても、この達成感、協力している間のプロセスが楽しいと思うことで、何よりも大切なことを、学びができるのです。

 

個人的に、よく見かける光景は、電車や、レストランで静かにしていて欲しい時に、口封じのように、スマホを渡している場面です。

著者としては、ゲームを子守のように使用することは、間違っていると述べています。

 

むしろ、大人と一緒にゲームをする方が、親とのコミュニケーションも自然にはかることができる。大人に対して、いい子でいようとする性格の子には、なにも考えることなく、交流することができる。

ゲームをして、打ち解けたら、子どもは「実は…」なんて、話を始めることだってあるのではないかと思う。話しやすくする、きっかけにも、なってくれるというワケです。

子どもと、どうやって接したら良いか分からない人にも、オススメです。

 

一緒にゲームのことで盛り上がることができ、一緒に、問題解決をすることができる。

ゲームをして、真剣に楽しむだけで、集中力、思考力、問題解決能力、コミュニケーション能力などが、同時に身につけることができるのです。

要するに、ゲームは、最高の教育パートナーということを言いたいのです。
註:『テレビゲーム教育論―ママ!ジャマしないでよ勉強してるんだから』マーク・プレンスキー 東京電機大学出版局 2007-07-01

 

作成者: Tangoo

どうして人は罪を犯してしまうのか、その原因を知るために、本を読んだり、旅に出て、見たり聞いたり、人に合ったりしています。そこで、学んだこと、知ったことをブログにしています。

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