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ミルフィーユのような割れやすい心が現代病

わかってくれないことが分かったら、急に話すことをやめてしまい、次の分かってもらえそうな人のところへ行くという方を見かけたことがあります。

理解できない人とは一緒にいれない。分かってくれる人の居場所が、私の居場所となっているのが、今の世の中なのかもしれません。

そんなことを思わせる内容があったので、ご紹介します。

心のモデルそのものが急激に変わってきているのではないか。何層にもなった心を簡単に切り離すことで自分を守ろうとする人が増えているのではないか。

実際に、この解離モデルが素地になって発生する解離性障害の激増は、どの臨床家にも指摘されているところだ。この解離性障害の増加が指摘されるようになったのは、アメリカ、カナダなど北米では1980年代以降、日本では1990年代以降だ。

解離そのものが従来からあったことは先にも話した通りだが、繰り返しておくと、これまでの解離は東日本大震災クラスの大震災や殺人事件に巻き込まれそうになるといった生命の危機のときに、心が崩壊を避けるための緊急装置として作動させるシステムでしかなかった。それが最近は、人間関係のちょっとしたトラブルや「わかってもらえない」と言った失望でも簡単に記憶喪失、遁走などの“心の切り離し”が見られるようになってきているのだ。

《中略》

コミュニケーション抜きで自分を受けとめ、自分の全部の層、つまり何重にもパイが重なったミルフィーユの全体を受け入れ肯定してくれる超越的な人を求めて、私のところに来たのかもしれない。そういう姿を見ていると、やはり統合が失われ、パリパリ割れやすい危うい自分を生きるのはしんどいことで、誰かに「私はあなたのすべてを知っています」と言ってほしいのだな、と思う。自分で統合できないなら、誰か外部の人にまとめてもらいたいのではないだろうか。

《中略》

これを一歩離れた視点から見ると、「自分たちの人生、心は自分たちにはどうにもならないものだ。だから、恋愛にしても人生にしても、自分が責任をもって選んで始まるものではなく、最初から超越的な誰かが決めてくれた通りに、自分たちは粛々と動くしかないのだ」と言っているように思える。解離モデルの心しか持ち合わせていない自分たちには、自分の人生を自分の手で切り開いていくことさえできないのだ、と思っているかのようだ。

だからこそその人たちは、「精神科医」「有名占い師」などそこそこ信用できそうな超越者を求めては、「私の人生を決めてください」と訴えているものかもしれない。

「わかってもらいたい」という病 (廣済堂新書) 香山リカ p.191

この分かってもらえないことは、かなりショッキングな出来事であり、受けとめられないと現実を、解離ということで、自己防衛しているのではないかと、個人的には思っています。または、分かってもらえないことで、ご自身がどこかへ行ってしまい、見失っているのが解離現象なのかもしれません。

誰かに人生を決めてもらえる方が、その人自身が安定するのであれば、占い師よりも、精神科医よりも、親や、学校の先生なんかに決めてもらった方がよっぽどいいのではないかと思いました。もしかしたら、決めてもらって、その道に進んで行ったら、この道じゃないと、自分を見つけられるかもしれません。

生まれてきた場所が、海老蔵さんの元であれば、有無を言わさず、歌舞伎の道に決まっています。昔であれば、選択の幅がなく、親の跡を継ぐのが多かったので、今と比べて道に迷うこともなかったのかもしれません。これは、日本人の気質なのでしょうか。個人的には、教育のせいなのではないかと、思っていますが確証が得られていません。

さまざまなことに触れる環境を与えるのも、教育としては重要な役割であると思っているので、小学校のうちから、変わると生徒のモチベーションも変わるのではないかとも思いますし、迷子になる可能性も少なくなるのではないかと思っています。

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