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その人のために意見することは、結果的にまわりのためにもなる

「わかってもらいたい」人は、若者だけではなく、母親にも該当します。しかも、最悪の場合、殺人までに至ってしまったケースをご紹介します。参照する内容は、裁判が進む中で、被告の意見陳述場面となります。

「私がもっとしなやかにものごとを受けとめていたら、○○さん(被害者)は生かされていた命であったのにと。△△さん(被告者の母親)と知り合ったことをよい方向へ持っていけなかったのは、私の心の問題だと思います。子どもの頃からよい子としてふるまい、一生懸命働いてきました。子育てを始めてからは、母親どうしの中でとても狭い世界で生きてきました。もっと広い視野で生きていけばよかった」

公園で知り合った当初は、被害者の母親と長年の親友のように気が合う、と思ってY被告だが、つき合いが続くうちに生活スタイルや価値観の違いに気づいていく。ふつうはそこである程度の距離を置くはずだが、Y被告にはそれができずに相変わらす“べったり”の関係を続けた。そのうちに、最初に気づいた違和感は次第に憎しみへと変わり、ついに刃が母親本人ではなく弱い娘に向かったのだ。

《中略》

リーダー格のその母親と距離を置くということは、もうその公園にはいられないということを意味する。それは、彼女にとってはその地域で生きていけないことと同じなのだ。おそらく「この公園を出ていくことになったら、私たち母娘はおしまいだ」といった追い詰められた心境だったのではないか。

「わかってもらいたい」という病 (廣済堂新書) 香山リカ p.57

亡くなってしまったのは子どもなのですが、「生かされていた命だった」という表現方法が、恐怖しか伝わってきません。開き直っているのか、ことを成し遂げた後の冷静さなのか、解放された感覚なのか、はじめから、この性格であったのかどうかは分かりませんが、この時点では、近寄りがたい、仲良くすることは難しい方であることは確かではないかと思います。

「被害者の母親と長年の親友のように気が合う、と思ってY被告だが、つき合いが続くうちに生活スタイルや価値観の違いに気づいていく」はじめに気が合っていなかったら、こんなことにはならなかったのかもしれません。気が合ってしまったがために、何でも一緒の考えでいて欲しいと思ってしまったのかもしれません。だって、この方には、この人しかいないかのような世界だからだと思われます。

母親には、母親の生きている社会があり、それが、プライベートとかなり近い社会であることから、割り切っての関係を築きにくのかもしれません。そこで生きていけなければ、プライベートに支障が出てしまうことで、引き返せない、関係性を続けなければならないという事態が発生しているのかもしれません。

だから、何かがあれば、一家で心中をしてしまったりするのが、女性の特徴ではないかと思います。

この場合は、対象を直接殺めるのではなく、弱い立場の子どもに向いてしまったという結末になってしまいましたが、この犯行パターンは、よくあるひとつではないかと見受けられます。

このエピソードを聞いて、わかってもらえるとか、もらえないとか、関係なくなってしまいました。そういう問題ではないのでは?と個人的には思ってしまいました。人を殺してはならない、という人間界のルールが守れないほど、追い詰められてしまっていたのですから、その前に、セラピーに行くべきだったと考えられます。様子が変というのは、父親が分かっていたかもしれませんが、おそらく、近寄りがたい、何か意見をしてもという感じなのかもしれません。それでも、その母親のために意見することは、結局は周りのためになるのですから、これからは、勇気を出して言って欲しいとは思います。

言い方は、大事なので、言い方一つで、もう1人亡くなってしまう可能性はあります。人間関係ってやっぱり難しいものなのだと、痛感します。

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