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SNSがなくなっても、誹謗中傷はなくならない

現代よりも昔、石器時代から誹謗中傷はおそらく、存在していたのではないかと思います。どうして今、この誹謗中傷がこんなに言われてしまうようになったのかと考えると、SNSによって、本人の目に触れる機会が増えてしまったからではないかと思います。

SNSがない時代であれば、何故か本人に直接ではなく、少し聞こえるようにヒソヒソと話す人たちによって行われる行為だと思います(今でもありますが)。誹謗中傷を受けて、気分が良いと言う人は誰もいないと思います。

最近では、番組の出演者が、誹謗中傷によって自殺をしてしまうほど(現代の中学生、高校生でも同じような自殺者が存在していると聞いたことがあります)、精神的なダメージを大きく受けてしまうということを、どうしたら学んでくれるのかといつも思います。

ドラマでも、生徒を人質にして、クラス内で自殺をしてしまった人の気持ちを分かって欲しいという思いで作られた作品がありましたが、それでも、全くよくなっていないのかもしれません。

自殺をしてしまうか、それとも、人を殺害してしまうかの選択の違いがありますが、人を殺害してしまった方の意見は次の通りです。

俺が何か間違ったことをしているときに、直接注意しないで、陰でグチグチ言ってる、あれはたとえ俺が間違っていても、聞く気になれないんで、あれは止めて欲しいですね。俺はずっと否定され続けた記憶しかありませんが、俺が何か言うと、何で価値観の押し付けになるんでしょうか。〈中略〉それから俺は愚痴も許されなかったり、何か失敗すると一々言われたり、他人の空威張りだの、見栄だのが、食わされ過ぎてもううんざりです。もう嫌です。…また繰り返します。しつこく繰り返しますが、俺は俺です。他人ではありません。俺は俺でいていいんです

『犯罪心理学を学ぶための精神鑑定事例集』p.48

この、「もう嫌です。」の先の考え方が、つらいから終わらせたいと思うか、この気持ちを発散したいと思うかではないかと思います。

繰り返します。とはっきり言っていることは、とてもリアルだと思います。なかなか抜け出すことのできないループの中で生きて行くために、人を殺したって良いじゃないかという考えがあるのかもしれません。

そして、そのループから抜け出せないままなので、繰り返すしかないという考えになるのかもしれません。

私たちにできることは、苦しんでいる人の話を少しでも耳を傾けて、聞くことではないかと思います。自分が無くなるまで、無理をしてはいけないのですが、話を聞くだけでも、世の中は変わるのではないかと思いました。

話の聞き方は、SNSでも、直接でも良いのではと思います。

自殺に追い込んでしまった方々は、自覚がないというのが、このSNSの厄介なことではないかと思います。1人だけが言うのではなく、複数人で行われることなので、責任の所在が分散されてしまうという傾向があるのかもしれません。誰のせいではなく、自覚する必要があると思います。

授業では、このSNSでの誹謗中傷を、実際に書き込んで体験するという道徳もあって良いのではないかとも思ってしまいます。きっと、嘘だと分かっていても、嫌な思いを体験できるのではないかとは思います。ことの重大さを自覚することは重大な教育ではないかと思います。

生徒を対象にしていますが、もちろん、社会人も同じことが言えると思います。

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