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  1. 論文

枠組みを超えた関係機関の一層の連携の必要性

前回の続きになります(2001年に開かれた、日本犯罪心理学研究会第39回大会の発表論文集の中の、徳島文理大学の犬塚石夫さんの企画、司会による、「シンポジウム:発達と非行」にて、自己統制力についてのワードが上がっていたので、内容を見て見ました)。各専門家から知ることができる貴重な内容であると思い、紹介いたします。

次に、学校教育の立場から、教員として学校教育及び教育相談を実際に担当した経験のある佐々木氏が、教育現場において当面[※1]する様々な子どもの問題、また、それらをめぐる効果的な対応の在り方について、教えてくれています。

“家庭の状況や親の在り方を反映した「未熟さ」や「被虐待の影響」の結果としての「防御システム」のなさ、すなわち人間関係における基本的なスキルを身に付けていない子どもが増加しつつある中で、「いずれ非行化するかもしれない子ども」の問題が最も深刻になっている現状について述べるとともに、学校が子どもにとって楽しい居場所となる必要があり、教育現場に求められる今後の対策として、管理職がリーダーシップを発揮すること、黙々と着実な実践活動を続ける先生の存在を共有の財産とすること、教科への過剰なこだわりから脱却して発達を幅広く深く考えることなどの提言を行った。また、相談機関等を含む枠組みを超えた関係機関より一層の連携の必要性も強調された。p.153”

私は、この内容に対して、激しく同意いたします。

最近のニュースでは、教職員同士のいじめがあったという報道がありましたが、これは、氷山の一角でしかないと個人的には思います。大人の世界であって、いじめは存在します。いじめている方は、いじめているつもりはないという感覚であっても、いじめを受けている方は、とても不快に思っているかもしれません。

子どもも、青年も、大人も関係なく、相談できる窓口が必要であると思います。いや、あるそうなのですが(ホットライン的な名前のコールセンターです)、機能していない?機能したからこそ、今回の教職員のいじめが報道されたのかもしれません。

あまりにも理不尽、そして、それを耐えてストレス過多になっている、生活に支障が出ているということであれば、どうにかしなければなりませんが、ニュースで報道されてしまうと、学校の評判が落ちてしまい、この学校大丈夫かな?と親たちが学校に通わせたくないという影響があるかもしれません。内々で解決をまず試みる方がいいのではないかとは思いました。

ある国では、男女の差別がほとんどなく、女性の発言を尊重されるという場所があるというのを聞いたことがあります。なので、やってもいないのに、女性がパワハラ、セクハラを受けましたということを発言すると通ってしまうという(どこまでが本当なのかは分かりませんが)怖い現実があるそうです。

やはり、証拠がないと、平等ではないと個人的には思います。録音をしておくであったり、1度だけであれば、ペナルティーだけになる(内容によると思いますが)など、男、女という性別は関係なく、平等に判断すべきであると思います。

ちょっと、話がズレました。

管理職がリーダーを発揮することというのは、重要なことですが、管理職の方が、真っ当でなければなりません。また、その人が言ったことが絶対となってしまう組織もおかしいと思います。

生徒とともに、教職員も、誰かに相談したい、聞いて欲しいことがあれば、聞いてくれる、相談にのってくれる場所を、プライバシーを確保した上で設けるべきであると思います。

また、小学校に上がる前に、家庭でやっておかなければならないこと、こうすべきであること、社会のルールをここまでは教えてもらう必要があること、また、ADHDなどについても、この傾向があれば、ここへご相談を!などの指南として、各家庭にガイドブックとして配っておくなど、今からでもできることはあると思います。

今の親御さまたちは、ご自身が忙しいからという理由からなのか、保育園が、幼稚園が、学校が社会で必要なことを教えてくれると思っているというのを、聞いたことがあります。どこまでが事実なのか分かりませんが、だから、モンスターペアレンツ(ト?)と言われる方が発生したのかもしれないと、納得しています。

確かに、働き手がいないからと、女性の社会進出も当たり前になりましたが、負担が大きいというのも、社会の問題ではないかと思います。それでいて、女性はキャリアを積み難い、そして、男性は、キャリアを積むために残業が当たり前になる。

子どもは一体誰が見るのか、施設じゃない?となるのも、間違った意見ではないかもしれないと、変かもしれませんが、思うところもあります。

ですが、施設(保育園や、学校)で、どんなに教育をしても、限界があることは、知って欲しいと個人的には思います。

どちらかというと、教育は学校がやるべき!という考えではなく、子どもを見守れない時間の割り振りとして、家庭と、学校があるという考えはどうでしょうか。

結局は、ともに子育てをしているには変わりありません。一緒にお子様の成長を見守りましょうよというのが、私の意見です。なので、お互いの意思疎通、連携が重要であると思っています。

この方が思う、基本的な人間関係のスキルとは、どこまでのことを言うのか、それがはっきりと見える化することで、より、親御さまたちの意識も変わっていくのではないかと思っています。

なので、学校は、ここまでしかできない!ということを、親御様にはっきりと明示する必要が

あるかもしれません。放課後からの活動は、どこへ行くのか、何をしているのか、学校は分かりませんので、お子様自身にその報告をするのか、それとも、居場所となっている施設などと連携が取れるのかどうかなど、確認が必要だと思います。地域で見守れるシステムを、できることからはじめれば、今のお子様たちから、手厚い見守りが可能ではないかと思います。

学校からも、保育園からも、幼稚園からも、もっと、発信していかなければならないというのが、今回の結論です。

 

[※1]当面:じかに向き合うこと。まのあたりにすること。直面。(コトバンク

 

<参考文献>

日本犯罪心理学研究会第39回大会「シンポジウム:発達と非行」

 

<関連記事>

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