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犯罪者の深層心理を知るためのテスト

犯罪を犯してしまった人に対してパーソナリティ理解をするために、TAT(Thematic Apperception Test)と呼ばれる投映法が存在しています。そのことについて、藤田宗和さんが発表している論文を見たのですが、その中で、どのように行われるのかという興味深いものが載っていたので紹介いたします。
“TATはもともとMuttrayの人格理想がそうであるように、正常者パーソナリティ理解の研究から発展してきた(Murray,1938)。それゆえ,TATが査定する範囲は,認知スタイル,創造的過程,家族力動,内的適応,情緒活動,一般知能,性的適応など広範囲な次元におよび(Bellak,1993;Henry,1956),また,正常者から精神障害者までどの適応範囲も広い。”
この業界の一般的には、このTATの分析ではなく、ロールシャッハ・テストと呼ばれている方法を用いることが多いそうなのですが、このTATは、分析、解釈、この方法についての学習がロールシャッハよりも難しいと言われているそうで、要するに、あまり使用されない分析方法なのだと思われます。
“TATの有効性は、解釈者の臨床経験,技術に依存することが多く,しかも,その分析の視点,解釈プロセスは,解釈家によってそれぞれ異なるといえる。結局,解釈家の分析・解釈理論の相違によって,同じ物語でも異なる特徴が着目され、異なる仮説が引き出され,結果として異なる解釈がなされることがままある。”
この仮説が合っているかどうかということは、どのように導き出されるのか気になるところではありますが、個人的に思うのは、派閥があるのかもしれませんが、3名くらいでそれぞれでこの方法を用いて分析(解釈というべきでしょうか)を行い、3名で問答をすればよいのではないかと思ってしまいます。人件費、時間などがないということなのかもしれませんが、人の人生ですし、時間をかけるべきところではないかとは、事情が分からない中で勝手なことを思います。
当論文の目的が、”より明確なTATのプロトコルの”分析法”として,「情報分析枠(Frame of Information Analysis:FIA)とその手段と提案することにある。”としています。
※プロトコルとは、プロトコールとも呼ばれ、複数の者が対象となる事項を確実に実行するための手順について定めたもの。 もともとは「人間同士のやりとり」だけに関する用語であった。戦間期の学術的批判を経て、情報工学分野でマシンやソフトウェア同士のやりとりに関する取り決めを指すためにも用いられるようになった。(ウィキペディアより)
ここまでは、論文の前提になり、本題に戻ります。
面白いなと思った箇所があったので、その部分をご紹介します。
TATは、実物を見たことはありませんが、おそらく各フェーズに分けている物語が書かれたカードなのか、物語は書いていないが、絵をみて被検者に物語を作ってもらう(そのカードは複数枚あり、繋がっていない)、その読んでもらった物語の内容に合わせて、さらに追加の質問を解釈家が行い、解釈をしていくというものになっているようです。その中で、
“#17BM 27″ 綱上りを競っている。競争をやっている。この顔の向きからして,顔は見えないけど,隣の人と競っている。(で?)結果的にはぎりぎりで負けるけど,この人は自分なりに満足している。”
“#19 29″ たとえづらいですけど,北の国の家の様子。吹雪でふぶいている。たとえづらいですけど、冬。(どんな状況なの?)仕事が終わって家に戻る様子。もうすぐ家に戻って暖まれる。(それで?)家に入って暖まる。”
この(で?)というのが解釈家の方の質問内容であると思うのですが、本当にこの口調で質問をしているならば、この解釈家の人間としての教育が必要ではないかと、思ってしまいました。こんなことが言いたいのではないので、置いておきまして、この結果というのも記載してくれています。
“特異な感情を表現している,#17BM,#19の物語は,被検者の内面が出ていると考えられ,より深い分析が必要となる。④特に#17BMの表現は,事件について罪悪感を示さないことと関係していると考えられる。すなわち,自己の行為は社会的に見れば犯罪であるが,つまり「負けたけど」,自己の正義感に照らしてみれば正当な行為であったと,つまり「満足している」がゆえに,罪悪感を示さないといった心理機制が推論される。⑤#19の表現は,少なくとも家庭を依存の場としてイメージできることの一つの証左といえる。”
前提が多くなってしまうので、嫌だったのですが、この分析結果を解釈するために、この被検者についての情報をここに紹介します。
“被検者は,筆者が担当した鑑定の対象者であり,殺人未遂事件の被告者(男性,事件当時年齢25歳)である。彼は,被害者らの発する騒音のことで,被害者とトラブルになり,逆に被害者らに脅された。そのため,彼は.被害者に対して被害感,恐怖感,憎悪を抱いていた。たまたま犯行当日,被害者らと路上で出会い,被害者ににらまれたと感じた。そのため,彼はやられる前にやってしまおうと決意し,自宅から凶器を持ち出し,殺意を持って被害者に傷害を負わせたものである。なお,犯行は沈着冷静に行われた。”
保育園で教える、「気持ちは分かるけど、手を出した方が悪者になってしまうから、相談してください」というものだと思います。その気持ちは分かるが、仕返しをする方法が法に触れているか、いないかということが、社会に生きていくために必要なことであり、自分を守ること、結果として、周りの人を守ることにもなります。
沈着冷静に行われたというのは、誰の証言かは分かりませんが、防犯カメラに写っていたのであれば、徹底的であります。もし、カメラの様子からであれば、表情であったり言動などが記載されるはずであるので、おそらく被害者の方の誰かの証言なのかもしれません。それが、逮捕しにきた警察の方か?まず、この被検者の情報に主観が入ってしまってはいけないのではというのが、個人的な意見ではあります。その情報に囚われてしまい、分析の結果も、そっちに引っ張られるのはないかとも考えられます。
ギリギリで負けるんだけど、本人は満足している。という物語に、この事件のことを結びつきすぎではないかとも、個人的には思います。ギリギリで負けるということについては、力を出し切って、負けたから満足しているということであれば、負けることが犯行(警察に捕まってしまったこと)であるということを無理矢理結びつけすぎではないかとも考えてしまいます。
もしかしたら、男をして凶器なんて持ち出さずに、拳で戦いたいと思ったかもしれません。凶器を持ち出した時点で負けたけど(男という生物的に負けた)、やりたいことは遂行したから満足なのかもしれません。
殺すつもりであれば、思い切ってはじめから行くはずであり、また、殺すつもりであれば、夜の寝ているところを狙うのではないかとも思うと、殺すつもりはなく、複数人に対抗するためということも考えられます。
やっぱり、この解釈は、ひとりではなく複数人で行うべきではないかと、個人的には思います。
以前も記載したことがあるのですが、保育園に勤めていた時に、ADHDではないかと思われるお子様に対して、専門の方が来園した際にも、お1人でいらっしゃいます。そして、その様子を見るのも、1日だけです。人のことを理解するのに、1日で足りはずもなく、また、1人で判断するというシステムも絶対におかしいと思います。定期的に、別の方が来て診てもらうなど、なんとか改善しなければならないことではないかと思っています。
本題のカードの物語はまだまだありましたので、それはまた次回にしたいと思います。
<引用文献>
「犯罪心理学研究第39巻第2号 TATの情報分析枠(the Frame of Information Analysis)の提案 –TATプロトコル分析のための新しい枠組み– 藤田宗和」
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