犯罪心理学・社会心理学・教育・文化・インテリア・ビジネス

サディ・マゾスティック

いわゆる、サド、マゾという特徴を持っている方は『犯罪者プロファイリング―犯罪行動が明かす犯人像の断片』では大いに犯罪に関係しているようなので、ご紹介します。

いまいち、ちゃんとした意味は分かっていなかったこともあるので、まずは、それぞれの特徴、違いから記します。

 

“他人を支配したり、蔑(たしな)むことによってしか満ち足りた生活を送ることができない。サディスティックな行動は、他人を自分の分身へと変えたられることを意味する。マゾスティックな行為は、自分よりも優れた影響力によって、自分のアイデンティティを喪失させ、自分を何者かの分身に変えさせることができる。いずれにせよ、他人を完全にコントロールしたいという願望は、サド・マゾ嗜好者(しこうしゃ)の人生における中心的な関心となるのである。(中略)その病理が進行するにつれて、サド・マゾ行動はひたすらエスカレートし、とどまることを知らない状態になる。”p.20
まずは、他人をコントロールしたいということが、共通点であり、他人をコントロールしたいと思っているだけなら、自由だと、個人的には思うので、この感情が、収まるのではなく、エスカレートしてしまうことで、犯行に至るのかもしれません。
そして、この特徴を持っている方々は、この他人をコントロールしているという実感を得られないと、満ち足りない気持ちになってしまうということです。
サド、マゾの方々が得る、人間関係についても記載されています。
“他人と親密になるという考えに強い恐怖を感じる。逆に完全なコントロール下にあるという考えは、安心感を生み出す。(中略)操るべき他人が必要であり、そうしないと満足感は得られないからである。そのため、サド・マゾ嗜好者は、親密さではなく、コントロールによって他人との関係を発展させる。”
親密になるということは、逆に、コントロールされてしまうのではないかとか、そういった恐怖があるのかもしれません。コントロールできる他人が必要というのは、要するに、依存しているとも言えるのではないかと思いました。変な話ですが、このコントロールをしている人が(1人なのか、2人なのか不明ですが)、いなくなってしまって困るのは、この方々ということになります。
とても、弱く、そして、自分の分身であったり、何者かの分身に変えるというのは、自分の気持ちを無条件に、反論することなく、共感をしてほしいということではないだろうかとも思います。
コントロールをすることによって、自分と同じ気持ち、考えだよねーということで、1人じゃないという実感ができるのかもしれないとも考えられます。
こういった特徴の方たちは、どういった犯行になるのかというのは、次の通りです。
“対人関係をコントロールするという必要性から、自分が完全なパワーを備えていることを目に見える、手で触れられる、再現できる証で求めるようになる。そのために、苦痛と虐待性に満ちた、辱める行動や品格を汚すような行動を被害者に向ける必要性が生じてくる。(中略)この安心感がなければ、サド・マゾ嗜好者は無力感や虚脱感、力不足をかんじてしまうのである。”
もしかしたらですが、初めから、苦痛を与えるかどうかは分かりませんが、はじめは、言うことを聞いてくれるのであれば、こういった犯行もしないのかもしれないのでは?とも思いました。
相手は人間なので、思い通りにはなりません。それが分かると、力ずくでも、実現したいと思うのかもしれません。この行為は、「悲しい」「裏切られた」というような感情が込められているのかもしれません。
たとえば、この通りにならないことの方が、多いのではないだろうかと思うのですが、そうなった場合には、その方々は、どうなってしまうのかが、気になります。精神が病んでしまう。という結末が、想像はできます。ですが、想像ですので、正確な結末が知りたいとは、思っています。見つけましたら、ご紹介します。

本の最近記事

  1. 何もしないことは後退している

  2. 顧客満足度100%を目指す

  3. 恩を返したくなるメカニズム

  4. サービス、商品の値段の決め方

  5. 同じ商品でも店舗によって違って見える

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP