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強迫観念のしあわせとは

前回の続きになりますが、強迫の中には、直接的に犯罪行為に至ってしまうものも存在していることが、『犯罪者プロファイリング―犯罪行動が明かす犯人像の断片』で紹介されています。

“強迫とは、心を独占支配する思考や感情のことである。強迫観念にとらわれると、意志の力では、コントロール不能になる。さらに、強迫は、所有するためにコントロールしたいという願望に行き着くのである。予想されるように、その占有状態は、他人という存在を無視するか、あるいは他人に所有したり、自分の中に組み込まれるべき単なるモノとしか見なさない状態をもたらす。その行き着く先は、対象物の破壊であり、それは、その人が欲する形のまま永遠に所有するための最も好都合な手段とみなされるかもしれない。”p.16

この強迫観念は、前回とは異なり、”自己愛的占有”が絡んでいる状態となります。これが関係していると、互いに影響し合うことになり、上記のようなことが起きてしまうというワケです。
この状態になってしまうと、コントロールすることができないというのですから、犯罪行動まっしぐらとなってしまいます。
個人的には、犯罪行動をしてしまう人の中には、持って生まれた個性も入っているのではないかと思っていました。好奇心によるものであったり、自分の願望を叶えるためなら、どんなことを犠牲にしてもいいというのは、今回のパターンなのではないかと思いました。
こういった心理状態の方がしあわせになるには、強迫観念を成し遂げなければならなくなるので、要するに、犯罪行為をしなければ、精神が落ち着かないということになると考えられます。
また、興味深いことに、次のようなことも述べられています。
“こういった手段にとらわれ始め、その思考様式が定着してしまうと、その人は、他人との同一視を試みることによって自分の世界を所有しているという感覚を拡大させる。そのため、自分の苦悩や困難を意識するという状態から、一時的に解放されるのである。”p.17
人間は、誰かと、楽しいことであったり、苦悩であったり、困難であったりという感情を共有したい生き物であるので、こういった行動になるのではないかと推測されます。
人間としての本能の部分と、個人の特性である強迫観念と自己愛的占有が混じると、このような、犯罪行動に発展してしまうということが分かりました。
前回に述べた通り、この強迫観念の原点はどこなのかと言うと、幼少期の怒りや、恐怖に対して、うまく対処することができなかったために、このような症状として、残ってしまったということが言われているそうです。
ここ1週間の内容で、関係してくる起源のほとんどは、幼少期に体験する”感情”への対処がうまくできていないことが要因であることが多く見受けられます。
親(周囲の大人)が、理解してはいたが、対処の方法が分からなかったのか、それとも、そんな理解さえしていなかったのかもしれません。
いつも、言ってしまっていることですが、子育てを放棄をする場合には、どなかにお願いをすることであったり、どうしたらいいのか分からない場合には、周りの大人であったり、専門の機関に相談に言ったりと、いくらでも手段はあったと考えられます。
個人的に思うのは、その子の成長を見守ることを放棄した時点で、責任が問われることではないかと思います。子どもには、何も罪はありませんし、親の所有物でも、奴隷でもありません。そこの認識が、1人でも改められることで、犯罪行動をしてしまう結果となる方を、撲滅することができるのではないかと思いました。
<コトバ>
Q自己愛的占有ってなに?
A自己を愛することを、自分の支配下に入れること。

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