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孤独で無関心の正体

犯罪者プロファイリング―犯罪行動が明かす犯人像の断片』では、嫉妬の他にも、羨望(センボウ)という種類の感情があります。

“羨望とは、他人の業績、長所、所有物を考えることから生じる不平感の一種である。この感覚は、他人が所有しているものが欲しいという欲望となる。羨望は自分が欲しい物を他人が持っていることに対する嫌々ながらの賞賛の感情ではあるが、その本質には強烈な破壊欲求がある。そして、そこが嫉妬などの感情とは異なる点である。”p.13

あまり、ピンとこないかもしれませんが、この羨望という感情がうまく対処されなければ、平等であったり、公平を願う感情に発展していかないということになってしまうそうです。
この状態になると、常に周囲から蔑まれる(さげすまれる:ばかにするなど)と感じてしまう心理であったり、ほとんど他人と接触しないで、孤独になり無関心という状態に発展してしまうことになるらしいです。
複雑なのだが、兄弟が親を引きつけるという場面で、嫉妬を抱いていると同時に、この兄弟の引きつけている能力について羨望という感情も一緒に味わっていることがあると言います。
要するに、嫉妬があると、この羨望の感情も生まれるということになります。
嫉妬が人を成長させるのですが、過度な嫉妬を抱かせるようなことは、ストレスと一緒ですが、避ける環境を用意するのが、子どものためとなります。今の子どものためでもあり、それは、未来のためでもあるということです。この嫉妬を和らげるような環境にすることで、この羨望も一緒に和らげることができるということです。
この対処の方法も、結局は、愛して欲しいという気持ちからなので、親としては「いや、愛しているんだよ」ということを続けるしかありません。そして、嫉妬心と同じように、この羨望も、解消されていくということだそうです。
嫉妬心、羨望が解消されるという意味ではなく、行き過ぎた行動は取らなくなるということです。
成人期までに、羨望の感情に対処ができなかった場合、どうなるのかというと、以下のように記されていました。
“その人の人生は荒涼としたものになるだろう。羨望は、逃避的で、社会性の欠けた関係を招くのである。なぜなら、羨望に満ちた人は、他人の所有物を欲しがるが、その持ち主と交流することを好まないからである。羨望の経験が強烈であるほど、その人は強迫的に、羨望の対象にとらわれ、自分を哀れむようになる。羨望をもつ人は、人から妬みがましいと思われることを嫌う。また、羨望の対象となる人の所有物が欲しいはずなのだが、基本的にその所有物を自分に移すことに心を傾けるのではなく、羨望の対象者から略奪したり、辱めたり(はずかしめたり)、傷つけたり、時には殺そうとまで考えるようになる。”p.14
要するに、欲しいものがあるが、その欲しいものを奪う際に、傷ついた感情を、他者に味あわせたいということになるだろうか。ただ奪うのではないということではないだろうか。
幼少期に、この嫉妬、羨望の対処がうまくできないということで、結果的に犯罪行動になってしまうのは、個人的には、どうしたらいいのかどうか、分からなくなってしまう。大人になって、この感情にうまく対処できないというのは、個々人で、それぞれ、抱いているものはあると思います。
それが、手遅れになってしまうと、犯罪行動にまで発展してしまうなんて、なんて残酷なんでしょうか。
この羨望についても事例が載っておりますが、かなり残酷です。
上記では、時には殺そうとまで考えるようになるということでしたが、関係のない人も殺すようです。この事例では、身代わりとして、まったく関係のない人を殺し、殺すだけではなく、自分の願望をその遺体に対して施しています。
この問題は、かなり深刻であると思います。幼少期に対処できないことなんて、たくさんあると思います。大人になった今、なにかできることがないのでしょうか。それを探すことができれば、多くの人を助けることができるのではないかと思います。
悲しい犯罪は、加害者も、被害者も、どちらも不幸なので、探し続けなければならないと思います。

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