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テクノロジーに使われる人間たち

つながっているのに孤独 人生を豊かにするはずのインターネットの正体』では、著者の友人の発言も多く登場します。その友人の発言を紹介します。

しかし、コンピューターによって私たちがお互いに結びつき、ネットワークにつながれた現在、コンピューターに仕事を与える必要などないことが明らかになった。コンピューターが私たちに仕事を与えているからだ。まるで私たち人間がコンピューターのキラーアプリケーションになったようだ。“p.481

ネットの起源は、論文を遠く離れた人に郵便ではなく、今すぐ、そして確実に見せるためということを聞いたことがある。それが始まりで、電話ではなく、画面を見せるということで、新しいコミュニケーションの形が確立されたということは間違いない事実であることは間違いないと思います。
それ以来、ネットの利点を利用したビジネスに発展し、効率化の飛躍が目まぐるしくなっていったことで、この社会について行こうとするどころか、ついていけずに、コンピューターに使われているような感覚にも陥ることがあるのではないだろうか。
そもそも、私たち人間は、デジタルで存在しているワケではなく、アナログに生きているので、限界というものが存在すると、個人的には思っている。人間は、人間以上、人間以下になれないと思われるので(世界的にみたら、その限界を突破しようとしている研究が行われているが、今回は無視させてください。)、コンピューターを利用するということにも、限界があるのではないかというのが、個人的な見解としてあります。
著者の考えでは、(正確にいうと、著者の友人になります)”「私たちがEメールを使っているんじゃない。Eメールが私たちを使っている。」私たちはEメールに何時間も”消費”するという話をするが、私たちも消費されている。”という表現をされています。
確かに、仕事中に、電話に加えて、メールもひっきりなしに届きますので、メールのお返事をすることや、電話をすることも、重要なお仕事にはなるのですが、それだけが、お仕事であればいいのですが、大概、実際には進めなければならない仕事がある中で、集中が途切れながら、作業を行うのは、かなりの非効率であるという苛立ちと、気がついたら、メールのやりとりだけで、1日の半分は消えてしまっていたなんてことがあると、ストレスが倍増してしまうのは、おそらく、私だけではないと思っています。
仕事ならまだしも、プライベートでも同じことをやってしまうと、最悪の事態になってしまいます。自分の時間はいったいどこにいってしまったのでしょうか。このまま歳をとるのかと思うと、人生はメールをしていた日々だったなんて、私は御免です。
実際には、プライベートでのメールは溜まるだけ溜まっていますが、ストレスにはなっていません。通知がこないようになっていますし、LINEも通知をオフにしています。1週間に1回見るような形にしています。電話は、家族であれば取って、手が離せないときは、折り返すと伝えます。
そのおかげで、毎日のように、自分がやろうとしていることを、やれるようになっております。もちろん、コンピューターを使ってやってます。
メールに使わされている日々なんて、私は絶対に嫌です。就業時間外に、メールを見ることも、絶対に嫌です。時間内にできることを精一杯やることで、モチベーションを保っていることも確かかもしれません。限られた時間の中で、どうしたら、効率的にできるかと考えるのは、会社のためであり、自分のためになるので、自分の中では必要なことだと思っています。この効率化を図るためにコンピューターを使ってやるのは、本質的な使い方ではないかと、個人的には思います(クリエイティブな仕事であれば、別であるとも思っています)。

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