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デジタルは希望の場所

つながっているのに孤独 人生を豊かにするはずのインターネットの正体』では、デジタルの世界についての考え方が載っていましたので、ご紹介します。
“バーチャルな世界のつながりが提供するのは不確かなコミットメントにすぎない。私たちはサイバー上の友だちに、病気見舞いとか、子どもの成功を喜ぶとか、親の死を乗り越える助けといったことを期待するわけではない。それはわかっていても、サイバースペースから注入される感情のエネルギーは大きい。人々はデジタル生活が何か新しいことが起こる”希望の場所”であるかのうように話す。” p.274

“私たちはこれまでも逃げる方法を探してきた、その欲望も可能性もインターネットに始まったことではない、という意見を聞くことがある。あるいは、出張先や長い休暇で旅行するとき、”他人”を演じることにも似ている。” p.286

現実世界がつらい、希望がない、ワクワクすることないかのうように、デジタルが創り出すものは、想像をはるかに超えるような世界なのではないかと、それがいつしか、現実を少しでも忘れさせてくれるような、希望のような存在になってしまっているのではないかということでしょうか。
デジタルな世界としては、ファンタジーの世界、異世界の空間に、自身の分身であるアバターで生きることができるのは、現実世界から乖離することが容易に可能である。
PC画面でファンタジーの世界をら楽しむのも、もちろん楽しめるのだが、VRを使えば、現実世界から同じ場所にいるのに自分自身が、異世界にいるかのような感覚にしてくれます。
アニメでも、異世界というワードの作品が多いので、需要があるのか、転生をして異世界に来たという設定にすることが、作りやすいからなのかは分かりませんが、その主人公は、はじめから出来た人間ではないのですが(スライムの件もありますが)、迷いながらも、自分らしい選択を見つけていくという結末が多い気もします。おそらくは、このアニメを通して、異世界で楽しんでもらいながらも、異世界に来ても、自分というモノから逃れることはできないため、迷いながらも、自分らしさを探して生きて行くしかないというようなメッセージ性もかなり感じます。
活字ではなく、アニメを通じて、伝えたいことを伝えるということは、もう日本の文化、ツールとなっていると、実感します。
現実世界で嫌なことがあったり、理想と現実の差が激しかったり、絶望する出来事だって、生きていれば訪れることになります。現実に目を背けることが悪いことではありませんし、サイバースペースに助けや、希望を求めることも、個人的には悪いことではないと思います。
結局は、その逃げていることについて、向かい合わなければならない時期がくると思いますが、その時期がくるまでは、そのタイミングではないのだと、個人的には思います。
無理することは、何もないと思います。立ち向かえないのであれば、逃げていいと思います。
現実世界を終わらせようと思うくらいなら、異世界を楽しんでくれる方が、まだ学ぶ機会もあり、チャンスも巡ってくると思います。引きこもることが悪いことではないと思います。トラウマになってしまったことに対して、立ち向かえるまで、覚悟が決まるまで、心の準備をすることは、悪いことではないと思います。
その覚悟の矛先が、犯罪にならない内容であれば。
助けを求めるときには、どんなにサイバースペースで求めても、信頼できる人が見つからなければ、心の傷を癒してくれる人がいなければ、「こころのホットライン」に連絡をしてみることで、救われることもあると思います。電話が苦手な場合には、テキストでの問い合わせもできるようにも見受けられるので、助けて欲しいとお願いをしてみて欲しいと、切に思います。
なんだか、重たい話になってしまいましたが、最悪の場合には、こんな結末になってしまうと想像ができましたので、この希望の場所から連想された内容を綴らせていただきました。
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