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  1. イタリア

国の文化は折衷で活性化していく

全ての道はローマに通じるという言葉がありますが、この言葉の意味をほとんど知りません。

歴史上の人物であったり、建造物、文化なんかも、イタリアの偉人たちは多く載せられています。『イタリア現代思想への招待 (講談社選書メチエ)』では、そのイタリアの文化というのは、どのようなものなのかが分かる一節があったので、ご紹介します。

 

”そもそも文化とは本来、多かれ少なかれ折衷の産物であるが、この国の場合、3000年以上にも渡す混交と雑種の伝統こそが、逆説的にも、イタリア文化の「純粋性」となっているのだ。このことはやはり、ルネサンス期の各都市国家に栄えた文化や芸術の活発な接触、交流、拮抗のことを念頭に置くなら、いっそうよく理解されるだろう。異質なものの混交によって、文化は汚染され破壊されるどころか、ますます活性化され、多彩な成果がもたらされたのだ。オリエントのあらゆる宗教や儀礼を呑み込んで行った古代ローマがまたそうであったように。” p.172

 

個人的に勘違いをしていたこととしては、イタリアは独自の思考、美学が存在して、それを貫いたから、こんなにも賞賛される国になったのだと思っていたことだった。

むしろ、様々なものと触れて、混交するということが、イタリアの純粋性になっているのだから、面白い。個人的に、日本が、外国化しているのではないかと、不安になっていたのだが、この内容を見る限りだと、もっと交流をすることで、日本の純粋な部分が浮き彫りになり、それが、日本が誇るべきことであると、日本人が自覚することができれば、それは素晴らしいことだなと思っています。

イタリアの場合は、様々な文化を呑み込み、包み込むことができたが、日本はどうなっていくだろうか。

日本国籍で活躍している選手は、黒人とのハーフであることが多くなってきたように思える。

どうしても体格の差で、正解の壁が大きかったが、その差を、ハーフの方々が埋めているような状態となっている。この現状を見る限りだと、日本は、態度や、姿勢、頭脳、誠実など、内面的な部分が多く占めているのかもしれないと、自覚せざるおえない。

純日本人でないことに、少し違和感を感じている自分もいるが、よく考えると、スポーツの世界に限らず、努力をしている、才能を伸ばしている方々が、活躍されていることに、国籍なんて関係ないのではないかとも思う。

日本代表が、ハーフの方であることで、メディアも、他国のことを平等に報道してくれないかと、個人的には望んでいる。日本人だから、日本を応援するというだけでなく、真剣に取り組んでいる方々を、最高の舞台にするために応援するという思考になったら、美しい未来になると、思っている。それが、スポーツマンシップであり、応援する心得ではないかと個人的には思っている。

話がそれてしまいましたが、日本は、時代の中でも、何度目かのその折衷の時代に入っているのではないかと感じています。

 

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  1. 2019年 7月 09日
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