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時代に合わせて適応させていくのは人間のアイディア次第

建造物は、ただの箱ではなく、再利用したい箱であるべきであると、思います。『建築の見かた』(ヴィトールド リブチンスキー (Witold Rybczynski))でも、そのような見解の内容が書かれていました。

 

”形態と機能とは無関係であるどころか、建物はその長い寿命の中でさまざまな用途にうまく適応していくことさえできる。

(中略)

歴史的環境保全や適応性に富む再利用を見ればわかることだが、私たちは改修された倉庫で買い物をすることもできるし、ロフトを転用してオフィスワークをしたり、納屋に住むことだってできる。もちろん倉庫もロフトも納屋も、それらが良い建物であればあるほどという条件付きである。” p.15

これに加えて、著者は、建物は、長持ちすべきであるし、またそのように見えなければならないと加えている。

日本には、ある一部の地域が適応されているが、歴史的建造物や、外観を統一させようという決まりが存在する国にある。

地震が少ない地域では、何百年と、美しい姿を変えることなく、建っている建造物も少なくない。

時間が経っても、美しいと感じられる建物は、もともとの目的とは異なる用途でも、美しいまま存在している。

それこそ、スーパーが入っていたり、アパレルショップであったり、芸術作品を飾るギャラリーにしたり、オフィスにしたりと、現在に必要としている用途に合わせて、中身が変わって行っている。

豪邸として建てられた場所では、小さな美術館として利用されていたりと、こんなことができるのは、建物自体が魅力的で、このまま残したいと思わなければ、こんな発想は生まれないのではないかと個人的には思っている。

魅力的というのは、中が空っぽな壁であったり、薄っぺらなドア、ぐらぐらとした手摺などを見ても、これを、ずっと残したいものにはならない。少なくとも、私は。

建物を設計した人がこだわりや、美を持って設計し、実際に関わる現場の方も、それに賛同をして一つの想いが形になる。それが、建造物であると思っているので、美しい建造物は、再利用をして、受け継がれるべきであるとも思う。

日本は、毎年のように、新しい建造物が出来たり、壊されたり、一軒家も、テンプレートがあり、効率化だけが重視され、コスト削減というような流れが主流となっているが、個人的には、新しいとは思うが、美しいとは思わない。オリジナリティもなければ、アイデンティティも感じられない。せめて色くらい変えられないのかとも思う。本当その家で、満足しているのかと、思ってしまう。どうせなら、自分で改造できる方が、まだ、自分らしい暮らしができるのではと思ってしまう。

こだわって作った家ならば、環境が変わった時でもこうしていこうなど、夢をみることもできるし、それを実現することもできる。もっと、自分を出していいのではないだろうかと、日本に問いかけたい今日この頃なのです。

 

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  1. 2019年 7月 03日
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