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スタイルの定義

建築物には、時代、人の想いが込められていると、個人的には思う。だからと言って、私は建築関係者でもないし、建築を見て回る趣味もない、そんな初心者の私に、『建築の見かた』著者は、ヴィトールド リブチンスキー (Witold Rybczynski というタイトルの本は、ピッタリだと思いました。

その中で、スタイルについて、面白い見解が記されていたので、ご紹介します。

”スタイルは、私の仲間たちが考えているような規則や束縛ではない。スタイルというのは仕事をする環境であり、さらに飛躍するための飛躍板である。フィリップ・ジョンソン”

”スタイルとは女性の帽子についている羽程度のものである ル・コルジュジエ”

”流行は変わってもスタイルは残る ガブリエル・シャネル(愛称はココ・シャネル)”

”重要な問題といえば、スタイルがすべてである。 オスカー・ワイルド” p.7

つまりは、スタイルに結論なんてないのだが、著者は、シャネルの意見に賛同しています。

建築物では、このスタイルは、恒久的(長く変わらないもの)である、そして、人を惹きつけるものであり、側面であるように思えると表現をしています。また、大成功した建築家たちの共通点は、スタイルにものすごくこだわっているということを発見したそうだ。

現代では、スタイルものについて、その人のアイデンティティーのような感覚で浸透をしているような気がしますが、このスタイルという言葉は、奥が深く、姿、形についてもスタイルを使用していることを鑑みると、「表現のすべて」ではないだろうかと、個人的には考えます。言葉にするのは、難しいですが、これが適正かは、微妙なところではあります。

表現をしているもののすべてが、スタイルになるのではないかと思っています。

例えば、姿、形に合わせた装飾、色合い、雰囲気、流れる空気、光、音など、すべてがスタイルではないかと思うのです。

このスタイルという言葉を使ってみると、ピカソのひまわりで考えられるスタイルは、清潔感、幸せな人間関係、眩しい太陽、ひまわりを眺める時の流れなどではないかと感じられる。などでしょうか。あまり、こんなふうに使ったことはありませんが、個人的には、このスタイルは、しっくりくるような気がします。

スタイルは、人生の生き様ということも考えられます。

ビックダディーの口癖で、「俺はそういう人間だ」というフレーズを聞いていましたが、「俺はそういうスタイルだ」って言ったって、何の違和感もありません。

思想、考えということにも、置き換えられます。「私は、そういう考えを持っている」が、「私はそういうスタイルを持っている」でもいいわけです。

いろいろ使ってみると、案外使えるので、何でもっと使わなかったのか、むしろ不思議なくらいです。偉人に感謝しかないです。

 

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