死刑の見物は、最高級の刺激

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1651年のイギリスでは、死刑現場に群がる人々がいたのだそうです。

前回の「人間には、娯楽が必要だ!!」などでも、ご紹介していますが(確か)、無抵抗にしている動物、人間に対して、苦痛がくわえられる光景を眺める多くの男女の能力は、現在でも恐らく健在であると著者は述べている。

絞首刑は長く人々の娯楽の対象であり続けていたのだそうで、地元の人ばかりではなく、外国人の目をも引くほど、楽しみとして君臨していたのだという。

絞首刑だけではなく、解体手術場の廊下で、死刑を終えた犯罪者が運ばれるのを1時間でも待っているような輩もいたそうです。そして、「とてもショックな光景だった」と怖いもの見たさなのか、群衆が我先にと競って見ようとしたのだそうだ。

そして、信じられないことに、この他の娯楽としては、動物園に行くような感覚で、精神病院に出かけては、患者の眺めることであったのだそうです。

今では、考えられないが、これが真実であると、今の時代に生まれて良かったと思っている自分がいます。

 

当時のイギリスでは、上流階級の者でないと、動物の狩りをしてはいけないとされていたが、庶民であっても、大部分の男は、生まれつきの狩人であって、人間性の中に狩猟精神が根付いていたと、述べている。

なぜ、こうなったのか?

それは、その庶民の男たちが、抑えても、どうやったって抑えられない、魂のうずきを感じていたからだというのです(18世紀初頭には、国中がシカの密漁に夢中だったのだそうです)。

どうだろうか、今の男たちが、シカを見て、狩りたい!と思うだろうか。少し、疑問がある。もしかしたら、上流階級への嫉妬も入っていたのかもしれないと、個人的には思う(上流と下流では、とても大きな差があったそうで、支配者が、人民の上に乗っかり、革ムチの先が擦り切れ、拍車の歯輪が壊れてしまうまで、ひたすら強迫をしても許されていたという状態だったのだそうです)。

それか、この期間中にDNAが書き換えられ、本当は狩りたいという欲求が書き換えられたのか、それとも、法律がなければ、シカは絶滅していたのかもしれない。

 

個人的には、ふと、本を読んでいると、アイディアが浮かんでくることがあります。

この本を読んでいると気には、「退屈が続くと、刺激が欲しくなって、死刑の現場や、動物を狩っていたのではないか?」と。

この退屈ということが、人を犯罪へ導いているのではないかと、思ったのです。

 

上流階級の人間は、働かなくたって、お金があるのですから、仕事をする時間、遊んでいることができますが、その遊びだって、庶民にとっては楽しいことでも、上流階級の者にとっては、退屈になってくるのではないかとも思われます。

最高級の刺激というのが、死刑の見物だったのではないかという結論に、現時点では達しています。

 

現在のイギリス王子は、普通の企業に属して仕事をしているというのが、なんとなく、安心している自分がいます。

 

 

作成者: Tangoo

どうして人は罪を犯してしまうのか、その原因を知るために、本を読んだり、旅に出て、見たり聞いたり、人に合ったりしています。そこで、学んだこと、知ったことをブログにしています。

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