人間には、娯楽が必要だ!!

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イギリス人はどう遊んできたか「遊び」の社会史―娯楽に見る貧富の格差』では、イギリスの遊びに焦点を当てて、時代を振り返るという書物になっている。

この内容で、目に止まった内容をご紹介します。

 

おそらく、1570年ごろのイギリスの教育方法は、子どもも、動物と同じくらい(動物についての話は前回参照「教会は懺悔する場所だけじゃない」)ひどく扱われていたのだそうだ。日本でも、昔はそんな時期があったと、何かで聞いたことがありますが、どうして、このようになってしまったのかという背景には、子どもに対して、教育を与えようという考えが親の間に行き渡り始めたのだそうです。

だから、勉強を強要し、従わない場合には、ムチを充分すぎるほどに、たっぷりと使っていたのだという。このたっぷりという表現を使用しているところが、想像するだけで恐ろしい情景が浮かびます。

 

著書の中の参考図書がありまして、『教師および子どもたちにラテン語の読み書きと話し方を教える簡単にして完全な方法を論ず』を書いた著者であるアスカム氏は、「面白くない勉強を強制的にさせられることが、一般にイギリスの子紳士たちを学校から遠ざけ馬小屋に駆け込ませる唯一の理由である。」と述べている。

この表現からも分かるように、勉強を強制していたのだということが分かる。しかも、この場合は、親ではなく、学校での教育であるということなので、子どもたちが逃げ出すのも、分からなくはない。そして、馬小屋に駆け込んでいるというのも、衝撃の話だ。今、そんなことがあったら、教師の責任になってします。

ものすごく時代が変わったことが、文献からも分かります。

このアスカム氏は、持論で、娯楽を推奨しており、ご本人は、年になったとしても「気質」と「体質」に合うすべての運動と気晴らしを実行しているのだそうです。

アスカム氏いわく、紳士に必要な娯楽として、学習はつねに「まっとうな笑い」と「見苦しくない運動」とが混じり合うべきであるという美学があるようで、それを叶えられるのが、乗馬、弓術、銃術、ダンス、テニス、水泳、楽器演奏などがあげられている。

イギリスは紳士の国であるが、この美学のベースがおそらくあり、人それぞれにもあるのだと思うと、これは、日本にはない国民性であるということも、考えられる。

 

この時期(1591年)には、女王は弓術がすぐれた娯楽であるだけでなく、国を守る上でも重要であると考えられていたため、銃よりも弓術を盛んにしていたそうで、その装具の供給に関係する商人を飢えさせないようにすることが、理にかなっているとして、その他の娯楽であった、ボウルズ、サイコロ、トランプなどが禁止されていたのだそうです。

そうすることで、当時、無業者が増加しているという深刻が社会問題になり、女王が暴動を恐れていたのだそうです。多数の健常こじきが徘徊して、善良な市民を不安に追い込んでいたという背景があったのだそうです。

こういった人たちには、不法なゲームをしたりしていたそうで、罰せられていたという記録が残っていることからも、どんな時代にも、人間には、気晴らしと呼ばれる娯楽がなければ、平和に保っていられないのではないかとという結論が見えてくる。

 

作成者: Tangoo

どうして人は罪を犯してしまうのか、その原因を知るために、本を読んだり、旅に出て、見たり聞いたり、人に合ったりしています。そこで、学んだこと、知ったことをブログにしています。

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