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観戦を楽しむ人の心理状態

 

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個人的には、なでしこジャパンとか、大阪ナオミ氏とか、ワールドカップの盛り上がりなど、全然賛同することができないタイプだが、世間では、これで優勝するという状態になったら、急に盛り上がり出して、みんなで応援しようという雰囲気に、メディアが持ってくる。

 

この観戦する時の人間の思考として、「他者を注目する」ということに関係していると、『イギリス人はどう遊んできたか「遊び」の社会史―娯楽に見る貧富の格差』の著者は見解している。

 

観戦をする人は、目の前で繰り広げられている試合で、奮闘するチーム、または、個人と
一体になりたいという欲求を持っているというのだ。

 

例えば、大阪ナオミ氏が、テニス界の大ボスとされているセレナ・ウィリアムズ氏と、互角に戦っているところを目の当たりにして、可能性が大きいと「これはひょっとして!いけるんじゃないか?」「そこだー」「いけー」と力が入り、一体となり、手に力が入り、それが、ダメかもって思ったら、その気持ちが離れるという感じだろうか。

 

この観戦したいというのは、このプレーする人と、それを見ている人の間に一体感がなければ、盛り上がることができないのだそうだ。

 

この一体することこそが、観戦という楽しみなのだと言う。

 

 

個人的な見解だと、その他人に注目をしていると言うことから、興味を得て、その人物が行なっていることに関心を覚えることがあると、その注目する時間が長くなると、観戦ということになるのではないだろうか。

 

その観戦を楽しんでいるということになると、一体感という名の、その注目している人になりきり、自分がプレイしているような気になることで、自分ごとのようになり、力が入るということではないだろうかと思われる。

 

また、『ジョジョの奇妙な冒険』のシリーズの中に、スタープラチナが出る章が、いちばんの人気であると聞いたことがある。『北斗の拳』も、共通していることなのだが、無敵性のある特徴に対して、爽快感、楽しさを感じるのではないかと思っている。

 

アニメを見ている時や、◯◯無双系のゲームをプレイしている時にも、この似たような感覚があるから、盛り上がるのではないだろうかと思われる。

 

観戦については、もう勝つのではないかと思ったら、応援をしだす。というのも、この爽快感を味わいたいということが含まれているのではないかと思ってします。

 

負け戦ではなく、勝機がなければ、悲しい気分になり、自分自身が弱くなってしまう感覚にもなるのだろうか、応援が前向きにできないということにも繋がっているのではないかと、考えてしまいました。

 

今の自分では、体験することができないことに対して、疑似体験のようにして、一体化することにより、自身では叶えることができないことを、意識を超えて、爽快感を体感しているのが、観戦ではないかと思っている次第です。

 

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