犯罪心理学・社会心理学・教育・文化・インテリア・ビジネス

  1. イタリア

イタリアでイタリア語を学んだときの教育方法

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

2ヶ月もの間、イタリア語をイタリアにある語学学校で学びました。

2ヶ月間は、長期間ではないので、毎回授業の時にはプリントが配られました。

祝日を抜いた、平日(週5)の午前中2時間(確か)が、授業でした。

講師は、学校長だったり、ナポリ出身の講師だったりしました。

いちばんの特徴は、小さな街の中にある語学学校だったこともあり、少人数で授業を受けることができたいことです。

都心の学校はクラスがたくさんあって、1クラスの人数も多い写真を見たことがある。

だが、1クラスの人数は、多くても自分を含めて6人でした。

日本でイタリア語を習っていた時には、10人以上だったので、大人数の方が好きな人はいると思いますが、個人的には、少人数性が性に合っていました。

 

一緒に読みましょうという謎の時間もなく、講師のその時やろうと思っていることや、生徒の実力に合わせて、コピーが配られます。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

2ヶ月で、この厚さまでになりました。

そして、毎日のように宿題がありました。

たまに宿題がないと、「やった!」と思わず言ってしまったほどです。

 

初めから最後まで、もちろんイタリア語のみで進み、とにかく、聞いて、見て、書いてという感じです。意味が分からない単語ばかりで、全部調べる時間もありません。

イタリア語を学ぶというよりは、体感する、肌で感じるという感じです。

 

日本でイタリア語を学んだときは、そんな感じは全くありませんでした。

形式に沿って進んでいくといった具合です。

 

イタリア(レッジョ・リングア)では、楽しんでゲームのように進めることができました。

形式的な、文章を読んで、読解をやることもありますが、その先があり、発想を膨らませた内容でさらに進めるということをしたり、テキスト自体が面白かったりします。

ユーモアを感じるものが多く、講師自体もユーモアを持って、楽しみながら授業を進めてくれるので、楽しみながら、受けることができました。

何より、覚えたい気持ちがあるので、覚えていないことが悔しくなってくるので、通学の歩いている時間を利用して、暗記をしたりしていました。

なぜだか、日本の教育方法を考えると、もっと楽しく学べたんじゃないかとか、もっと簡単に覚えられたんじゃないかとか考えると、なんだか勿体無い時間を過ごしてしまったのではと、改めて感じてしまいました。

 

具体的な内容は、また今度にします。

イタリアの最近記事

  1. ピッツァ・ピッツァ・ピッツァ

  2. ヴィーガン・レストラン

  3. 建築物の不思議

  4. イタリアの芸術にヌードが多い理由

  5. イタリア人の「市民」とは

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP