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生活感のないモデルハウスに住みたい日本人

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写真:日本の風景

 街に新しいマンションができると、近くに展示場ができ、週末になると、購入を考えているご家族が足を運ぶ姿を見たことがあります。

 購入の予定がないので、一度も訪れたことはないですが、展示場の内装は、アメリカンで、豪華に飾られていることがあります。これは、同時に、アメリカの家づくりも批判することになってしまいますが、イギリス人からすると「ホームではなく、ハウスである」という感覚があるのだそうです。

全体的なデザインの調和がとれておらず、成金趣味のインテリアを置いているということに、違和感を感じるそうです。

デザインの調和については、価値観の違いですし、批判であると思って欲しくないのですが、アメリカでは、あえて外すということが美学、センスとされていると個人的には感じます。

 

ですが、このイギリス人の考えている感覚に、賛同の意を示したい内容がある。

根本的には、イギリス人は家を大事にする感覚があるので、日本のように、システムキッチンにしたり、無機質なデザイン、スッキリとしたインテリアなどを見て、「生活感がない」と思うのだそうだ。この生活感は、居心地が悪いというような状態ではないかと個人的に解釈しています。

日本では、この生活感がない状態や、整理整頓をするとき、収納術などで紹介されているときにも、生活感を見せないように、していくことが、あたかも正解であり、そうしないといけないような風潮があります。

それでは、イギリスの家は、ものがたくさんあって、汚い、ゴチャゴチャしているのかというと、そういうワケではない。イギリス人は、モノを大切にするので、無駄なモノを購入しないというのが、前提としてある。

必要なモノだけが、あるというような空間に、生活しやすいように工夫をしていく。その工夫は、夫婦の数だけ違い、この違いが、愛着となり、生活感のある空間が生まれ、その中で過ごすことが、幸せであり、穏やかな時間を過ごすことができるということなのです。

この感覚については、賛成の気持ちが個人的にはあります。

 

モノを大切にしないということについては、それで、経済が回っているということもありますが、その分、資源を消費し、ゴミを生み出しているという問題もある。

また、家にはもちろんですが、一緒に年を重ねていく家具にも愛着がなく、平気で捨ててしまうという感覚がいつしか時代となってしまった。断捨離という言葉も出てきており、断捨離をする方が、良いことだと植えつけられてしまっているが、本当にそれでいいのかというのは、自身で決めるべきである。

捨てなくて良いと個人的には言いたい。

たくさんのゴミを出していることに、気がつかずに行っている日本人は、愛着のあるモノは、風景についても、なくなってきているように思える。いつも座っているベンチから見る風景、いつも通っている道のある風景など、そんなことを楽しんでいる暇がないくらい、日本人は追い詰められているに違いない。

インスタグラムにも、食事などが多くアップされているが、風景が少ないような気もする。

メディアや、周りの人に感化されてしまっている世の中で、不安になってしまい、すべて持っていないといけないという刷り込みをされ、追い詰められているようにか見えない。この世の中で、ご自身の信念がどこにもないように思える。流されるだけ流されて、こだわりもなく生きているから、こういった行動になるのではないかとも感じられる。

そんなに追い詰められている人生で、本当に幸せなのか、いまいちど考え直してみて欲しいと、切に願う。

註:『古くて豊かなイギリスの家 便利で貧しい日本の家』井形 慶子 大和書房 2000-12

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