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ニッポンの殺人的報道

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写真:大都会丸の内

メディアの報道は、客観的に見ると、子どもが無邪気に遊んでいるような、そんな状態ではないかと、『大人の国イギリスと子どもの国日本』の著者は考えている。

将来の結果を考えずに、これを報道することによって、誰かが傷付いてしまうなんてことを、全く考慮されていない。

日本は、物理的には、とても安全な場所となっているが、心理的に考えても、とても、不気味な国であると述べている。

 

例えば、イギリスでは、殺人事件が起きたら、被害者の名前、加害者の名前さえも、報道しないそうなのです。平等な人間として、罪を冒しても、人権が守られていると、この報道の方法をみると、感じます。

プライバシーが守られていると、感じるのです。

 

日本では、どうしても、癒着や、経済のことを考えることがあるせいなのか、人の気持ちが後回しの状態でいることが多いように感じてならない。

しかも、それが、テレビを通して、堂々と行われるのだから、よく考えると、一体どんな教育を受けてきたのか、恥ずかしくもなってくる。

 

犯罪者だって、1人の人間であり、その後の人生だってあるのだ。

日々のストレスの蓄積から、ちょっとしたきっかけで、魔が刺した。それが、犯罪だってことだってあるのです。

誰にでも起こりうるできことであり、1度きりのことで、人生が終わってしまうような仕打ちを受けなければならないのですから、全ての国民に当てはまることなのです。

しかも、それが、濡れ衣だった場合には、どうですか?

警察が誤報してしまうことだってあります。警察だって人ですから、ミスだってあります。報道なんてするから、警察だって、首を絞めている状態ではないかと思ってしまいます。

誤ってしまうことは、許されることではありませんが、報道してしまえば、後戻りはできません。

お互いの人生を保証するためにも、写真、名前は無しで、良いのではないかと思ってなりません。

 

犯罪者が、悪であるとしている考えが、反映されてしまっています。

人が悪いのではなく、社会、環境、その人を取り巻く全てが合わなかっただけなのに、その人が悪として扱ってしまい、生きていけないような仕打ちであると思いませんか。

 

人は、過ちを犯す生き物ですから、人間を、人間として扱っていないのが、ニッポンの特徴であると言わんばかりです。

 

註:『大人の国イギリスと子どもの国日本』マ-クス寿子 草思社 1992年07月01日

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  1. 2019年 3月 28日
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