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  1. 教育

芸術の正体

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写真:馬車道

岡本太郎氏は、日本が誇る芸術家である。

正直、彼の言っていることが分からないと、子どもの頃は思っていましたが、大人になって、様々な人と出会い、考えを巡らせると、今なら彼の意見に賛成することが多いということが判明しました。

 

芸術とは、「生きることそのもの」であり

「生きる喜び」である

 

全ての人が現在、瞬間瞬間の生きがい、自信を持たなければならない、その喜びが芸術であり、表現されたものが芸術であるとも、述べています。

 

今の私には、これらの言葉がしっくりと来ます。

今感じている喜び自体が、芸術であり、それを表現したものが作品となる。

 

個人的には、喜びだけではなく、悲しみ、憎しみ、無でさえも芸術になりうると思っている。

今抱いている感情は、自身が存在している意義となり、それを表現することによって、自分自身でその感情を理解する、そして、自分という人間を理解し、深めていくのではないかと思っている。

 

 

私の胸に刺さる表現が、もうひとつあります。

 

失われた自分を回復するための

もっとも純粋で、猛烈な営み

 

この答えは、芸術の役割についてのようだが、これは、人間が表現する意味にもなるのではないだろうか。

失われた人間性、そして、表現することによって、自分自身を創るのが、この、芸術というものであると述べています。

 

自分を見つめ直すという機会にも、この芸術というのは、有効であり、芸術なんてなくていいという時代は、いつになっても訪れない、ということになると思っている。

日本人は、絵を描く時に、うまく描けなければならないと思ってしまうが、この芸術についての本質、意義、正体がわかれば、そんな不快な想いを味わうこともない。

1枚目は、何か考えてしまうが、2枚、3枚目と、何も考えずに描いたものが、本当の自分の心が表現されることもある。

個人的には、芸術は評価されるものではなく、表現されたものに対して、共感するものであると思っている。だから、日本の教育は、ハッキリ言うが、間違っていると、小学校の頃から思っていた。評価されることを恐れず、表現することを、恐れないで欲しいと、切に思っている。

自分自身と向き合う方法の一つとして、芸術があり、表現したい形は、自由に決めて欲しい、自分を見失った時に、芸術を利用して欲しい。

迷っている時、悩んでいる時、大切な決断をする時にも、表現をして欲しいと思う。

 

AIが、作品を生み出すようになったら、人間を超えるのか?

のような論議があったのだが、くだらないと思ってしまった。芸術の意味とはなんなのかと考えたときに、芸術とは、競うものではなく、表現であり、それが、自身であるということなのだから。

AIが表現をする作品には、興味はある。AIにプログラムするのは人間であり、コンピューターは結局、人間が表現したものになるので、AI自体が芸術という、まとめで、いいかもしれない。

人間の手を離れ、AIが暴走したときに、表現された内容には、興味がある。その時には、人類が滅亡しているかもしれないが。

 
註:『ハーバード、オックスフォード…世界のトップスクールが実践する考える力の磨き方』福原 正大 大和書房 2013-10-23

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